Career Highlights

2005
308B!

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ついにレースデビューをした、記念すべき2005年です。
初走行でベストタイムを更新し、幸先の良いスタートを切ったのですが。。。
終わってみれば、悔しいレースばかりの、試練の一年でした。

1月14日


レースに参戦するドライバーは、自分専用車を一年間占有契約をする。当然人気のあるマシンは取り合いが起こる。
と、いうことでチームのオーディションが開催された。6名が走行し、タイムが良かった順に好きなマシンを取っていく、というもの。自分も、レース参戦できるかメドが立っていないのにもかかわらず、鼻息荒くオーディションに参加。人生2台目のレースカーをドライビングし、良い一年のために思いっきり走った。
結果、トップタイムで、1位となった。やった!ベストタイムも更新!
 

1月19日


オーディションは獲ったものの、資金の都合で今年はレース参戦は断念する旨を、チームに連絡。
 

1月29日


座学勉強会に出席。元F3レーサーでディープレーシング社長の関昌之氏から、”ドライビングテクニック”、”スポンサー”等の講義を受けた。 社長の言葉は感覚的な表現が多く、自分的にはわかりやすい。
 

2月4日


筑波レース村主催のNew Year走行会。レースデビューするドライバーのためのリハーサルレース。自分も、鼻息荒く参加。予選では自分のベストタイムを更新。勝因は鼻息による排気量アップだろう。
予選で20台中10番手につけたものの、決勝の結果も変わらず10番。ショボ!
 

2月19日


高校生の弟を連れ工場へ遊びに行った。そこでチーフメカニックから、「1台レースマシンが空いているんだけど、乗らないか?安くしとくよ」と誘惑の言葉をかけられた。ゆれるレーサー鬼丸。結局、みんなに後れを取りたくない一心から、年間レンタルすることに決めた。このマシンが運命の、MAXIM 308B。(写真)
 

3月18日


308Bを筆下ろし。New Year走行会で周りを見て感じた走りのイメージを実践したかった。が、マシンに慣れることで精一杯だった。
 

4月2日


筑波rd2の前日練習。自分は出場しないのにもかかわらず、みんなに混ざって走行。速い人の後ろについて走ることで、ラインなどを勉強。速い流れに乗って走れたおかげで、前回とは変わってそこそこのタイムで周回できた。やはり今のレベルではノリだけでタイムは変わる。
 

4月22日

前回に引き続き、早い奴について走ることでタイムを出す方法を行った。同じ速さでコーナーに入っていくが、同じように曲がっていけない。今後の課題である。
 

5月20日


今週ついに、ついについにレースデビューする!この日はそのレース”筑波rd3”の前日練習日。
3本走行して3本ともコースアウトによる走行終了。しかも3本目は、最終コーナーでスピンしたマシンをよけられずクラッシュ。
 

5月21日


初レースの朝。前日大破したマシンを、メカニックのIさん、Yさんが徹夜で修理してくれたおかげで、出場可能に。お二人には本当に感謝です。何とか恩返しをレース結果で。。。
と思ったものの結果は散々だった。実力のなさもあり、クラッシュのショックもあり、ベストタイムも出せず。 メカニックの二人のためにも一生懸命走って良い所を見せたかったが。。。
ただ、初のレースを無事完走し、バトルの迫力・ドライビングの難しさ・結果の悔しさ等全部をひっくるめて、やっぱり”レースはおもしろい”ということがわかった!ここでヒーローになるため、頑張ろう!
 

6月12日


筑波rd4を観戦。ディープレーシングの関社長から、走行ラインについて教えてもらいながら決勝を見ていた。
 

7月25日

ツインリンク茂木にて、ジムカーナ練習会に参加。マシン操作のコツをつかむため、8の字の練習をやった。色々と気づいたことがあって、サーキット復活の弾みをつけられた!
8月10日

会社が夏休みなので連チャン練習1日目。1本目にマシン破損で走行終了。情けない。
 
8月11日


連チャン練習2日目。4本も走行枠があったが、色々試してはみたものの、ドライビングが良くなった、とはいえない。どこがどうなら”良い”のか具体的に見えていない?どうすれば"良く"なるのか、わかっていない? ベストタイムどころではなかった。
 

8月19日

3ヶ月ぶりに出場するレース”筑波rd6”の前日練習。
 
8月20日


真夏のレース筑波rd6。予選に対し順位を上げてゴール!前回よりは上だが、11位。
とりあえず、予選より上の順位になれたこと、完走できたこと、は良かった。そして、もっと練習して上の順位をとりたい!という気持ちがますます大きくなった。
 

9月14日


レース後初走行。先日のrd6のタイムよりも速いタイムで走行。
 

9月18日


FJ1600富士シリーズ第4戦を観戦。富士も走ってみたいサーキットである。
 

10月14日


筑波シリーズ最終戦に向けて、目標タイムを掲げ練習を開始。今回は目標クリアならず。
 

10月15日


2日連続で練習。やはり目標クリアならず。
 

10月26日


またも目標クリアならず。焦りで走りがシッチャカメッチャカになってきた。もはや頭が切り替わらない。
 

11月2日


筑波シリーズ最終戦4日前練習日。こんな時でもコースアウト。
 

11月5日


筑波シリーズ最終戦前日練習。結局目標タイムを出せずに明日のレースに臨む。
 

11月6日


筑波シリーズ最終戦。追突され、リヤサスペンション破損。9周でリタイヤ。欲求不満の溜まるレースウィークであった。

11月28日


12月25日に鈴鹿サーキットにて開催される”2005FJキングオブキングス”、いわゆる「日本一決定戦」に出場を決意。
 

12月10日


筑波サーキットで練習走行。好タイム出ず。
 

12月23日


FJキングオブキングス練習日、のはずだったが、降雪による大混乱で練習時間にサーキット入りできず、見学のみ。
 

12月24日


FJキングオブキングス練習日。いつもとはタイプの違うサーキットで戸惑いながらも、新しい走りを学ぶ。
 

12月25日


1年間の締めくくり、FJキングオブキングス。
タイムアタック、予選レース、決勝レースのレース漬けのハイテンションな1日を過ごす。この日だけ突然速く走れるわけはなく、ヘッポコばしりを披露し、予選レースで敗退となってしまった。
わざわざサーキットまで応援に来てくれた人、一生懸命サポートしてくれたディープレーシング、ドライビングを教えてくれたインストラクターさんに全くいいところを見せられず、本当に申し訳ないと思った。

この1年間、生活費を削って車をレンタルし、無理を言って会社を休ませてもらいながら練習を重ね、FJの事ばかりを考えて過ごしてきた。FJキングオブキングスで、少しは速くなっている自分を確認したかったが、速さを全く感じられなくてなんだか1年間がムダに過ぎてしまったような気がして、レースの後、悔し涙を流した。

とにかく、このままでは、やめられない。 復活の2006年に続く。